松阪証券 社長日記
企業人として、三重県で生業を営む者として、日々の発見、気づきなどを気まぐれに書きとめて行きます。
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恥をさらすようですが…
まずはこの画像をご覧ください。

折れたシャフト


余計な説明は不要だと思いますが、これはシャフトが折れたゴルフクラブ(9番アイアン)です。先週の土曜日(12月17日)のこと、前職の先輩と後輩、現職の同僚と4人で、我がホームコースである西日本セブンスリーゴルフクラブに行ってきました。この日はIN(10番ホール~18番ホール)スタートでしたので、事件が起きたのは午後の3ホール目、3番ホール。ひとつ前の2番ホールではティーショットがOBでしたので、次こそはと気持ちを切り替えていざティーグランドへ向かいます。

力みすぎても、慎重になりすぎても上手くいかないのがゴルフというスポーツのの難しいところ。案の定、3番ホールのティーショットは右のラフの更に右側、木立の中へ一直線です。「ゴルフは上がってナンボや」と強がりを独り言呟きながら、木立の中をボール探しに右往左往。ようやく見つけたボールは、林立する樹木が邪魔になり真横(左)に出すか、グリーンに少しでも近づけるべく斜め左前方向に出すか、思案のしどころでした。斜め左前方向には、フェアウェイ・バンカーが横たわっており、その向こう側が狙い目。ここは2番ホールのミスを取り返すべく、ギャンブルしてみることにしました。

当然、目の前に横たわるバンカーを越えることが、最優先課題となります。ここで、多少強めに打って左側のラフに入ってもしょうがないと考えたのが運のつき。いやな予感は的中し、ボールはバンカーに入ってしまいました。「後悔先に立たず」のことわざ通り、ため息をついたであろう小生ですが、次の瞬間、目の前が真っ暗になるような事態に陥ろうとは…

結果は先の画像の通り。強めに打たなければと考えたため、ショット前の素振りでは当たらなかった左前の樹の幹に9番アイアンのスチールシャフトが直撃。ぶつかったのに不思議なくらい衝撃を感じなかったのは、シャフトが中ほどから綺麗に折れてしまったせいでしょう。直角にぐにゃりと曲がった愛用のクラブを目の前に、いつかとまったく同じ「やってしもた」とつぶやいたかどうか…

それから残り6ホール、9番アイアンなしでクラブハウスまで帰ってきたわけですが、なんともはや、後味の悪い一日になってしまいました。小生レベルのゴルフでは、一ラウンドすればこのようなトラブルはつきものです。そんな時、擬似的な一打罰を受け入れ、如何に確実な方法を選択するか。良い勉強になったと自身に言い聞かせて、力なく両肩を落とし、うなだれながら帰路に就く小生でした。


明日の神話
『明日の神話』は、岡本太郎が制作した、縦5.5メートル、横30メートルの巨大壁画です。現在展示されているのはJR渋谷駅と井の頭線渋谷駅の連絡通路。前々から一度見てみたいと思っていた作品、念願の初対面です。壁画下に映っている人と比較していただけば、そ大きさがご理解頂けるでしょう。
明日の神話

『明日の神話』とは… 『明日の神話』が描かれたのは、『太陽の塔』の制作と同時期の1968年から1969年。メキシコの実業家から「新築ホテルのロビーを飾るための壁画を描いてほしい」という依頼を受けた岡本太郎が、現地に何度も足を運んで完成させました。しかし、依頼主の経営状況が悪化したことでホテルは未完成のまま放置されることになり、『明日の神話』もロビーから取り外されて行方不明に。永らく行方がわからなくなっていましたが、2003年9月メキシコシティ郊外の資材置き場で発見され、岡本太郎記念館館長だった岡本敏子が壁画を日本へ持ち帰り修復に着手。2008年11月17日より、この場所に展示されています。

中央の骸骨のような部分をアップで撮影してみました。
骸骨

この角度では少々わかりにくいのですが、白い骨の部分は少し盛り上がっており、立体感が出るよう描かれています。壁画のすぐ下から撮影してみると、その様子がわかります。
骸骨の立体感

岡本太郎がこの作品で何を表現しようとしたのか… 前出の岡本敏子さんによると、『明日の神話』は原爆の炸裂する瞬間を描いた、岡本太郎の最大、最高の傑作だそうです。皆さんの目には、どう映るでしょうか?

ご興味のある方は、webサイト(http://www.1101.com/asunoshinwa/index.html)をお訪ねください。もちろん現地へも、百聞は一見にしかず、その存在感に圧倒されるはずです。


丸岡城跡に行ってきました
丸岡城は、丸岡の街の北東部、家並みを見下ろす小高い丘の上に残る平山城。柴田勝豊(勝家の甥)が天正四年(1576年)北ノ庄城(福井)の支城として築城したお城です。現存する天守閣は日本最古で城郭建築史上の重要な遺構とされており、国の重要文化財です。
丸岡城天守閣

石垣は、我が故郷松阪の松坂城と同様「野づら積み」という古い方式で粗雑な印象ながら排水が良く、大雨に崩れる心配が少ないそうです。画像が小さくわかりにくいかもしれませんが、掘り出した石に細工を施さず、自然のまま積み上げられています。

屋根の構造も珍しく、笏谷石製の石瓦が葺かれています。
石の屋根瓦

天守閣からの眺め、一国一城の主になった気分で… ちょっとピンぼけですね。
丸岡展望

これは天守閣内部の階段です。大阪城や姫路城と比べるとかなり小さい天守閣だけに、構造上こういう階段しか作れなかったのでしょう。観光客の安全のためにロープがたらされています。
天守閣内階段

天守閣の内部は板間で、質素な感じです。
天守閣内

これは天守閣に続く外階段です。これもかなりの急こう配でした。
天守閣外階段

帰りに面白い券売機を見つけたのでついでに記念撮影。入場券ならぬ「入城券」です。
入城券

雨の日だったこともあり観光客はまばらでした。いわゆる名城ではないかもしれませんが、その歴史背景等から考えるに、なかなかのものです。歴史ファン、お城ファンの皆さんにはお勧め、機会があればぜひ訪ねてみてください。




初体験 舞妓はん、芸子はんとのひと時
貧乏暇なし… 何やら毎日バタバタとし、気が焦るばかり。ブログの更新もおろそかになりがちですが、気持ちを入れ替えアップすることにします。

先週のことです、三十数名を乗せた観光バスは一路京都へ。亀岡で昼食の後、お決まりの保津川下り。バスの中から皆のテンションは高め。ビールやワンカップの飲みすぎで、トイレ休憩も頻繁になります。ホテルにチェックインした後、再びバスに乗り込み丸山公園方面へ向かいます。今宵のメインイベントは、古き良き時代の日本文化を体験、学ぶという目的(名目)で芸子はん、舞妓はんを迎えての大宴会です。余計な説明は程々に、舞妓はん4名、芸子はん1名に来てもらいました。

芸子はんの艶っぽい舞いです。
芸子はん

続きまして、舞妓はんの舞い。芸子はんと比べますと初々しさの残る雰囲気、おわかりいただけますでしょうか。
舞妓はん

三枚目は、舞妓はん勢ぞろいの図です。
舞妓はん勢ぞろい2

そして、舞妓はん勢ぞろいの舞い、華やかですねぇ。
舞子はん勢ぞろい

最後は、舞妓はん勢ぞろいの「うなじ」の図。これもなかなか色っぽい。
舞妓はん後ろ姿

タイトルにもありましたが、小生は舞妓はん、芸子はん初体験。どんなふうに楽しんだらいいのか良く分からず、あっという間の2時間ほどでしたが、日本の古き良き、そして夜の文化を、それなりに堪能することができました。又機会と軍資金があれば。いつのことになるやら…


初体験 暗闇の中でゴルフしました
昨日(10月30日)は小生のホームコース、月例競技に出場。このところ何やら忙しく、月例に参加することも少なくなりがちですが、今年はこれが最後になりそう。事前の天気予報では空模様も思わしくなく、雨中のプレー覚悟の参加です。

スタート予定時刻は10時20分過ぎ。1時間ほど前にゴルフ場に到着しましたが、この時点ですでに駐車場は満車状態。かなりの混雑ぶりが予想されます。着替えをして、キャディマスター室で様子を聞くと、スタートは既に15分~20分遅れの状態。キャディさんも大回転で、スタートさえキャディ待ちになることもしばしばだったようです。

小生たちの組も何とかスタート。雨は夕方からの予報でしたが、昼前からポツポツと降り始め、先の思いやられる展開です。しかし、午前中のプレー進行は思いのほかスムーズ。所々でプレー待ち状態にはなりましたが、さほどストレスもたまらず、クラブハウスへ戻ってきました。

ところがやはり予想通り、お昼休みは1時間30分程度とのこと。ハーフ終了時点ですでに1時を過ぎていましたので、午後からのスタートは2時40分辺りになります。この混雑ですので、最終ホールにたどりつくの間違いなく5時を過ぎるでしょう。果たしてボールは見えるのか、気は焦りますが、できることは前の組にしっかりついていくことだけです。

何とか最終18番ホールのティーグランドに到着。しかし、打ち出した方向が何とかわかる程度で、その先の玉筋はほとんど不明。さながら宝探しをしの様相です。グリーに到着したころには、ほぼ夜の状態。普段ならそれなりに慎重に読むラインもそこそこに、第6感に頼るゴルフで締めくくりました。

もちろんスコアはトップシークレット。成績はともあれ、これまでにない面白い体験ができました。


復興財源の確保 歴史に学ぶ
1923年9月1日、日本史上最悪の被害をもたらした関東大震災が発生しました。帝都東京を突然襲った未曾有の大震災に、金融システムも完全麻痺状態となり、当然のごとく日本経済も大混乱、大打撃を受けます。震災の翌日、内務大臣に就任した後藤新平は、帝都復興のため40億円を用意しようと奔走します。当時の一般会計予算は約15億円でしたので、現在の日本に置き換えると250兆円以上の規模となります。しかし、現実にはあまりにも巨額であったことから議会の賛成を得られず、最終的に決議したのは6億円。それでも国家予算の3分の1を上回る規模でした。

この財源確保についインターネットで調べたところ、財源は主に「海外向けの国債発行」で賄われたようです。当時の日本は第一次世界大戦後の不況に苦しみ、国内で多額の国債を消化することは不可能でした。欧米諸国は結局5.5億円の引き受けを決断しますが、相次ぐ戦争に疲弊した日本のファンダメンタルズを不安視し、金利は日露戦争時を上回る8%だったそうです。日露戦争時の外国向け国債という多額の対外債務を既に抱え、かつ金利が現在のように世界最低水準でもなかった時代に、ほぼすべての震災復興の財源は国債の発行に依存したのです。

一方、期限付きの増税だとうそぶいて(?)、今回の大震災の復興財源を確保しようとしている現民主党政権。おそらく全国民が抱いているであろう、復興に寄与しよう、苦しんでいる被災者の力になりたい、苦しみを分かち合おうという心情に訴え、否定や拒否すれば何となく非国民的な行動だと非難されかねない、そんな心理に付け込む、合法的ではあるものの、一種の脅迫めいた増税政策と言えるのではないでしょうか。

そもそも増税政策による弊害、経済的なマイナス効果について、政府はどのように考えているのでしょうか。増税とは国民の支出意欲を削ぐ政策でもあります。支出とはすなわち需要でありGDPそのものです。震災によりただでさえ萎縮している国民の支出意欲をさらに削り取り、GDPが低成長もしくはマイナス成長に落ち込むとしたら、当然ながら税収は減少することになります。結果、被災地の復興財源が先細りになってしまうことも考えられるのです。

復興財源を国債発国依存する方法はどうでしょうか。現在の日本は、国内の過剰貯蓄という他国から見れば贅沢な問題を抱え、長期国債金利は世界最低水準、深刻なデフレに悩んでいます。過剰貯蓄ゆえに国債の95%超は国内の金融機関などで消化され、しかも100%日本円建て(自国通貨建て)なのです。すなわち、日本は世界で最も復興財源を国債発行で調達しやすい国家だと言えます。過剰貯蓄問題を貯蓄先の金融機関から見れば、「運用先が見当たらないお金」があふれているということです。預金や生命保険料など、各金融機関が「負債」として集めたお金の貸出先が増えていないのですから、結果的に金融機関は国債購入に走り、更に日本の長期金利は低下する、それが日本の現実なのです。

また、これもインターネットで調べたところ、大災害後の復興財源を増税で賄うといった政策は、世界的に見ても前例がないとのこと。何やら調べれば調べるほど、我が国の行方が心配になってきました。皆さんのご意見は?、良ければお聞かせください。


地震大国日本、では特に地震が多い都道府県は?
皆様驚くことなかれ、これぞ正しく驚愕の事実… 地震大国と言われる我が国ですが、その中でとりわけ地震が多い都道府県をご存じでしょうか。北は北海道から南は沖縄まで、日本は複雑に入り組んだ複数のプレート(北米・太平洋・ユーラシア・フィリピン海プレート)の上に存在します。さあ、皆さん予想してみてください。

さて、まずは地震の少ない都道府県から。データは1926年から2007年、震度3以上の地震回数です。

47位 富山県 47回
46位 佐賀県 54回
45位 大阪府 70回
44位 福岡県 79回
43位 徳島県 81回

おおよそ過去70年地震が少なかったわけですから、現在は最も危険な地域だと解釈することもできなくなさそうですが、それはむしろ天の邪鬼(あまのじゃく)な考え方。常識的には比較的安全な地域と言えるでしょう。それではお待たせしました、ベスト5の発表です。

1位 東京都 2,362回
2位 北海道 1,337回
3位 茨城県  893回
4位 長野県  798回
5位 千葉県  618回

どうです、正に驚愕の事実。我が国の花の都、首都東京都が、他道府県を大きく引き離しダントツのトップなのです。首都機能の移転、分散が論じられることしばしばの昨今。このデータを見れば議論されるその意味が誰でも簡単に理解できます。その上、関東・北関東の都道府県がベスト5に3都県もランクイン。2位北海道は、面積的に見て他の都府県の5.5倍(岩手県)~44.5倍(香川県)ですからランクインは当たり前。関東・北関東が事実上ほぼ上位を独占しているようなものなのです。

この状態のまま、首都圏に直下型大地震が発生したら首都機能は壊滅、更には日本経済も大きなダメージを受けることになるでしょう。首都機能の移転・分散など、個人的には実現性の薄い空論だと思っていましたが、まじめに議論すべき課題であると認識を新たにした次第です。東海・東南海・南海連動型地震への備えより、むしろ優先して検討しなければならないのではないでしょうか。


節度ある節電とは… 伊藤敏憲氏の講演を聞いて
昨日(9月11日)、UBS証券シニアアナリストの伊藤敏憲氏のご講演をお聞きする機会がありました。また、ご講演後も、一時間ほどのお時間を頂戴し、座談会形式でご解説いただき、ご専門のエネルギー分野について、詳しく勉強することができました。

まずは伊藤敏憲氏について少々。氏は経産省の電気事業分科会委員でもあり、我が国のエネルギー政策に大いに関与していらっしゃいます。エコ住宅への改築などを対象に、住宅エコポイント制が導入されていますが、これぞまさしく伊藤氏のご提言による政策。NHKのクローズアップ現代など、東日本大震災後は特にTVご出演の機会も多く、見覚えがあるという方も少なくないのでは…

伊藤敏憲氏

お話の中で、最も印象的だったのが、この夏の節電要請について。伊藤氏にお示しいただいた資料によると、大口電力需要とGDPは非常に高い相関関係があります。これは、GDPの伸び率が上昇すると(低下すると)、大口電力需要も上昇する(低下する)ということを表していますが、「逆もまた真なり」。大口電力を抑制すると、おのずとGDP伸び率は低下またはマイナスになるのだとおっしゃっていました。そうです、この夏の節電。電力需給ひっ迫時に必要なのはただやみくもに節電、つまり消費電力を低下させる努力をすることではなく、地域全体でピークをカットすることが重要。ピークカットと言うより、電力消費の平準化ですね。そうすることで、GDPの伸び率を低下させず(または影響を軽微にとどめつつ)、心配されていた大規模停電なども回避することがでます。地域全体でピークをカットするために、大口電力需要のピークを夜間などにシフトさせるここそが、伊藤氏の主張する「節度ある節電」なのです。

与党である民主党、野党自民党を問わず、多くの議員にその説明をしましたが、当初は殆どの議員が理解していなかったとも… そんな人たちに我が国のかじ取りを任せて大丈夫なのかと心配になりましたが、それだけに伊藤氏の影響力は大きいとも言えます。私たちもしっかり学び、正しい知識を身につける必要があると感じました。小生も今日から始めます、もちろん「節度ある節電」を。


初体験! コールド・ストーン・クリーマリー
先週末、帰省している長男を含む家族5人でコールド・ストーン・クリーマリーの「10 Munites Vacation」を初体験しました。携帯で撮影した画像がこれです。

準備完了

スタッフは全員若くて元気。お好みのアイスをオーダーしますと、アイスクリームとナッツやフルーツなどのミックスイン(トッピングの呼称)を-9℃に冷やしたみかげ石(ブランド名の由来)の上で混ぜ合わせ、客ごとに一品物の「オリジナルアイスクリーム」を作ってくれます。独特の高級感に加え、客の目の前で楽しく歌いながら混ぜ合わせるというパフォーマンス付きです。

楽しい歌を聴きながら

この楽しさ、説明するのも難しそうですので、どなた様かのYouTubeから拝借。



楽しくて美味しい、まさに「10 Munites Vacation」でした。


節電 寝苦しい夜にお勧めです
今年の夏のテーマは「節電」です。福島第一原発事故の発生以降、有効な原発の代替エネルギー、発電方法は見つかっておらず、草の根で「節電」にいそしむ今日この頃。しかし、今年の夏(このところ毎年ですね)は記録的な暑さ、ついついエアコンのリモコンに手を伸ばしてしまいそうになります。このピンチを乗り切る方法はあるのか… ちょっとしたアイデアですが、小生の「節電」貢献方法をご紹介します。

連日の熱帯夜で寝苦しい夜、暑がりの小生は、例年であればクーラー点けっ放しで寝るところですが、今年は安眠用のアイス枕を愛用し、酷暑を乗り切ろうと頑張っています。もともと、風邪をひくなどして熱が上がった時にしか使用していなかったアイス枕ですが、小生が独断と偏見で大別する二つのタイプがあります。

①カッチカチに凍る旧式アイス枕。現在では、保冷剤などに使用されることが多い。アイス枕として使用するには使い心地は今一つだが、凍るような冷たさが長続きする。
②冷凍室に入れてもカッチカチに凍らず、ソフトな使い心地の新式アイス枕。しかし、凍るような冷たさは長続きせず、保冷剤としての使用は出来ない。

夏の初め、アイス枕で「節電」を思いついた小生は、まず②の新式アイス枕を購入。暑さのピークはもう少し先だったこともあり、ソフトな感触にそれなりに満足していました。しかし、このところの猛暑と連日の熱帯夜。凍るような持続力の無い②では、どうしても朝方には目が覚め、汗びっしょりです。

さてさて、いよいよこの記事の核心部分へ。ソフトな寝心地の②と持続力の①。良いとこ取りをする方法はないかと考えました。勘の良い方は、もうお気づきかもしれませんが続けさせていただきます。そもそもソフトな寝心地の②ですが、直に顔や頭に触れると流石に冷た過ぎますので、タオルで巻いて使用しています。そうです、②のみならず、①も一緒にタオルでまいてしまうのです。これで②でありながら①の状態、持続力アップのやわらか安眠アイス枕の完成です。

当然ながら、最初は②が上側に来るようにして使用します。そして朝方、ややヒンヤリ感がなくなってきたら、迷わず裏向けに。そのころには恐らく①も半冷凍、徐々に解け始め、常温時のジェル状態に近づいてきているはずです。これでまた凍るようなヒンヤリ感が復元、持続することになります。

寝苦しい夜も、快適にぐっする眠れること請け合い。お読みになった方は、ぜひ今夜からお試しください!




プロフィール

証券人(しょうけんびと)

Author:証券人(しょうけんびと)
約13年間の大和証券勤務を経て、1998年1月松阪証券に入社
2006年4月代表取締役社長就任
現在に至る



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