松阪証券 社長日記
企業人として、三重県で生業を営む者として、日々の発見、気づきなどを気まぐれに書きとめて行きます。
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「十七歳の硫黄島」
硫黄島と言えば、クリント・イーストウッドが監督を務め映画化された「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」。小生は、両映画とも見ましたが、両国共に2万人を超える戦死者を出した太平洋戦争激戦の地です。二本の映画は、両国それぞれからみた激戦を映画化したものですが、小生も日本人の端くれ。「硫黄島からの手紙」の方が親近感もあり、興味深い内容だったと感じたことを思い出します。

さて、とある月刊誌に紹介されていたことがきっかけとなり、この硫黄島の激戦について書かれた書籍を手にとることになりました。書名はタイトルの通り「十七歳の硫黄島(秋草鶴次著・文藝春秋社)」。著者の秋草氏が硫黄島に出兵したのは、現代であれば青春の真っ只中である17歳。志願兵として玉砕の地「硫黄島」で戦い、傷つき、壕の中で中で生き延びた3ヵ月の日記が、激戦の実態を生々しく書き伝えています。

十七歳の硫黄島


栗林兵団長が、陸海軍部隊の北地区に残存する兵力を挙げて最後の総攻撃を決行したのが、終戦の年1945年の3月25日夜(~26日)。その後も著者秋草氏は壕の中で戦いつづけ、気を失った状態で米軍の捕虜となったのは5月17日だったそうです。捕虜となるまでには水や食料も尽き果て、自分自身の傷ついた体に巣食う蛆や虱を食べ、空腹を癒し、命をつないでいたとも語られています。

歴史には残っていない過酷な実態を、このまま葬ってしまっていいのか…。秋草氏は戦後日本に帰ってから、脳裏に焼きついた体験をひたすらノートに書きとめましたが、凄惨な戦場の実態をご両親にはどうしても見せたくなかったそうです。ご両親が他界された時このノートを取り出し、原稿用紙にしたためることを決心。硫黄島で散った仲間達を思い、61年目に初公開するに至ります。

イーストウッドの「硫黄島」を見た方も見なかった方も、是非ご一読あれ。決して繰り返してはならない過去の真実を知ることは、今を生きる我々の義務です。真実を知らなければ、我々の前に明るい未来は開けてきません。小生お勧めの一冊です。

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プロフィール

証券人(しょうけんびと)

Author:証券人(しょうけんびと)
約13年間の大和証券勤務を経て、1998年1月松阪証券に入社
2006年4月代表取締役社長就任
現在に至る



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