松阪証券 社長日記
企業人として、三重県で生業を営む者として、日々の発見、気づきなどを気まぐれに書きとめて行きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

丹生大師に行ってきました
先週土曜日、丹生大師に行ってきました。伊勢自動車道勢和多気インターから車で10分ほどで到着。国道42号線を左折すると、暫くは人家どころか街灯もない道を走りますのでチョッと不安になりますが、ご心配なく。
周辺地図はこちら

丹生大師について簡単に。歴史を紐解きますと、丹生大師は真言宗山階派の一等格寺院で、寺名は「神宮寺成就院」と称し、774年(宝亀5)光仁天皇の勅願により空海(弘法大師)の師である勤操大徳によって開創されました。ここ丹生は奈良時代の和銅年間(708~714年間)に水銀が発見され、しだいに繁栄し賑やかになりましたが、光仁年中(810~824)、唐から帰国した空海が諸国を巡拝し当山にも立ち寄ります。その際、本堂(観音堂)の梁に勤操大徳創立とあるのを見て不思議な縁と感激し、「すでに高野山に伽藍建立を考えているが、まずこの地に仏閣を建立し衆生を救わん」と発願し、弘仁6年(815)に七堂伽藍を完成したと伝えられています。丹生水銀と伽藍建立によって当地は大いに隆盛を極め、大師の像は再三の兵火から無事免れ、今日なお霊験あらたかに鎮座しています。なお、大師堂の本尊である弘法大師像は、大師42歳の自画像で、衆生の厄除と未来結縁のために、自ら刻んで安置したとのこと。

記憶は定かではありませんが、小生も子供のころに訪れたことはありそう… しかし、今になって詳しく調べてみると、かなり由緒正しきスポットではありませんか! 携帯のカメラで撮影した画像で、皆様にもチョッとご紹介したいと思います。

まずは山門から。仁王門の名の如く、堂々とそびえ立つ姿は圧巻です。いつの時代に建てられた(改修された)ものかは定かではありませんが、古いながらもその格式の高さは素人にも充分理解できます。
仁王門

上の画像でもかすかに認識できますが、左右の格子の奥には二体の金剛力士像が… 筋骨隆々、鋭い眼光でこちらを睨みつけているではありませんか。これでは穢れや邪気が進入する隙もなさそう。これが左側の金剛力士像です。
仁王左

そしてこちらが右側の金剛力士像。
仁王右

仁王門をくぐり敷地内に。今となっては訪れる人も(京都や奈良の寺社仏閣と比較し)まばらな山村の大師堂です。お世辞にも綺麗に維持整備されているとはいえませんが、雰囲気はやはり格式の高さを感じさせます。これは大師堂へと上る石段と回廊です。
階段と回廊

回廊の内部はこんな感じ。過去には高貴な方の参拝の時、この回廊が使われたそうです。外敵防護の施設だったらしく、県下でも唯一のものです。土足厳禁ですが、今は一般の参拝者も通ることができます。
回廊


そして石段を上がると本堂の大師堂があります。大師とは言うまでもなく空海(弘法大師)のことです。
大師堂

本堂の階段を上がり、合掌した小生。家内安全と会社繁栄を心から祈願しました。週末のドライブが、ちょっとした小旅行になりました。丹生や丹生大師の歴史についてもう少し学びなおし、再度訪れたいと思っています。

スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://matsusaka.blog111.fc2.com/tb.php/298-b453672e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

証券人(しょうけんびと)

Author:証券人(しょうけんびと)
約13年間の大和証券勤務を経て、1998年1月松阪証券に入社
2006年4月代表取締役社長就任
現在に至る



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。