松阪証券 社長日記
企業人として、三重県で生業を営む者として、日々の発見、気づきなどを気まぐれに書きとめて行きます。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

発掘現場
小生は三重県多気郡の明和町在住。付近には里山の残る田園地帯で、のどかな風景が広がっています。以前当ブログでも紹介しましたが、自転車で15分ほど走れば伊勢湾を望む砂浜(海水浴場)に行くこともできます。ちなみに職場のある松阪市までは電車で15分ほど。自宅の最寄り駅は各駅停車しか利用できず、通勤時間帯でも列車は1時間に3本~4本ですので、ロスタイムは大きいのですが…

さて、昨夜は三重県でも季節外れのなごり雪が舞いましたが、桜のつぼみがほころび始め、日に日に春らしくなってきました。先日も、ポカポカ陽気に誘われて、小一時間のサイクリング。心地よい春風を体に受け、隣駅の辺りまでペダルをこぎました。

その時です、なっ何と、遺跡発掘現場を発見したのです!
発掘現場
発見した場所は近鉄参宮線沿いの斎宮(さいくう)駅あたり。写真奥に線路が見えていますが、右方向が松阪・名古屋方面、左方向が伊勢・鳥羽方面です。工事現場にあるパイロンが無造作に置いてあるだけでく、厳しい監視員や柵が張られているわけでもなく、なんとも無防備な状態です。付近を散歩している地元の皆さんは、特に気にとめることもなく通り過ぎて行きます。

斎宮跡
ご存知の方も少なくないと思いますが、ご当地明和町斎宮は、我が国古代史上重要な歴史の町。古代から南北朝時代にかけて、伊勢神宮に奉仕した斎王(さいおう)の御所で、伊勢斎王、伊勢斎宮とも称します。天武天皇が壬申の乱の戦勝祈願の礼として伊勢神宮に自らの皇女を捧げたといわれ、万葉歌人として名高い大来皇女(おおくのひめみこ)がその初代斎王となりました。これ以後、主に天皇の代替わりごとに新しい斎王が選ばれて都から伊勢へと旅立ち、平安京遷都の後も長く続くこととなります。

伊勢での斎王の生活の地が、伊勢神宮から約20キロ離れた斎宮寮(現在の三重県多気郡明和町)でした。普段はここで寮内の斎殿を遥拝しながら潔斎の日々を送り、年に三度、6月の月次祭(つきなみのまつり)、9月の神嘗祭(かんなめさい)、12月の月次祭の「三節祭」に限って神宮へ赴き神事に奉仕しました。斎宮寮には寮頭以下総勢500人あまりの人々が仕え、137ヘクタールあまりの敷地に碁盤目状の区画が並ぶ大規模なものであったことが、遺跡の発掘から明らかになっています。

斎宮駅の前には当時を再現したミニチュア模型が展示されています。しかし、かなり想像力豊かな方にしかイメージできないかも… 当ブログをご覧になって当地を訪れる方は、ご注意ください、かなり小さめです。
斎宮

しかし、お勧めスポットもあります。三重県立「斎宮歴史博物館」は見どころ満載。発掘された土器など考古資料、当時を再現したレプリカ・模型などの展示物を見学しながら、日本の古代史を学ぶことができます。また、映像で分かりやすく斎王群行(ぐんこう)などを解説してくれるので、考古学・古代史ファンならずとも充分楽しむことができるはずです。もちろん、考古学・古代史ファンにとっては、一度は訪れてみたい垂涎のスポットですね。

この博物館の特徴は? 地元住民として非常に残念ですが、いつも空いています。観光客誘致が得意な、または熱心な自治体であれば、放置しておくことは決してないはずです。これだけの観光資源がありながら、三重県や地元明和町は一体何をやっているのか… 少々情けない気がしますね。伊勢神宮にお越しの際は、斎宮歴史博物館にもぜひお立ち寄りください、待ってます!!


スポンサーサイト
「かま」落札 マグロ祭り開催
先週末は3連休。我が家と言えば、行楽の予定は一切なし。3人の子供たちも10代後半に成長し、各々がそれぞれの予定で行動するようになり、家族全員で行動する機会も少なくなって来ました。おまけに長男は4月から大学生。いよいよ下宿生活がスタートします。一年間の塾(浪人)生活を終え、無事進学校が決まったことは喜ばしいことですが、母親の心理は複雑なようです。

さて、前置きが長くなりましたが、暇を持て余していた小生、妻と地元のスーパーマーケットに買い物に出かけることにしました。以前もブログで書いたことがあるかもしれませんが、週末にはちょくちょく買い物に出かけ、缶ビール片手に料理を楽しんでいます。

ところ狭しと並べられた食材を物色しながら、夕食の献立を考えるのもまた楽し。その日は3連休の土曜日だったことから、休日3日分の献立を決め、次々と買い物かごに食材を投入していきました。買い物も終盤に差し掛かったころ、鮮魚売り場のほうから店長の甲高い声が… どうやら、本マグロ(だったと思います)の解体即売会が始まるようです!!

事前に投票しておいた本マグロの重量当てクイズは残念ながら的外れ、29kgほどが正解でした。クイズの商品と、中落ちの試食ができるとの情報を聞きつけた買い物客たちが鮮魚売り場に集まり、周辺は大混雑。いよいよ店長自らマグロに包丁を入れます。家庭の包丁とは違い、切れ味は抜群。堅そうな皮をもろともせず、見事な包丁さばきで頭が切り離されました。

そして始まったのがオークションです。出品されたのは新鮮な「かま」。皆様ご存じの通り、魚のエラの周辺から腹側にかけての部分です。一尾で左右に一対しかとれませんので、出品数は2個。確認していませんが、小売価格は1個3,000円ほどするとのことで、3,000円から値を下げる方法でオークションがスタートしました。事前に中落ちを試食していた小生が、既に戦闘態勢に入っていたことは言うまでもありません。3,000円の次は一気に1,500円。手を上げようかどうかかなり迷いましたが、皆さん沈黙。「よし、次は1,000円だろう、1,000円なら買いだ!!」と心に決め、店長に声を待ちます。おそらく、この間数秒だったと思いますが、秒針が時を刻む音を聞くような張りつめた空気が流れます。いよいよ店長が「1,000円」、間髪いれずに小生は「1,000円買った!!」と右手を高々と上げました。続いてオジサン二人が手を上げ、じゃんけんでお一人が落選。市価3,000円と言う代物を、見事1,000円で落札することができました。

落札商品を受け取り、献立変更。次々と包装される刺身用の柵(ちょっと奮発して中トロ)を二本追加し、その日の夕食は「マグロ祭り」と相成りました。

その日の夕方、いよいよ調理に取り掛かります。調理と言っても、鮮度が高い上なかなか手に入らない素材の味を損なわぬよう、シンプルに塩焼き。調理前の「かま」はこんな感じです。
かま

我が家では普段、ガスコンロの「グリル」で焼き魚を調理しますが、その大きさ、厚みからすると、到底入りきる代物ではありません。こんなとき便利なのが電子レンジの「グリル」機能。少々時間をかけて、じっくり焼き上げることにしました。
グリルに投入

調理時間は30分ほど。電子レンジ(グリル)の前をウロウロし、中の様子をしきりにうかがう小生を妻は笑って見ています。しかし、油断は禁物!! せっかく落札した、なかなか手に入らない食材です。一瞬たりとも気を許すことはできません。妻や子供たちに「美味しい!」と言わせたい一心で、監視体制を強化し続けました。

いよいよ完成です。はたして、その出来栄えはいかに。ズバリ、妻も子供たちも、そして小生も大満足!! 急遽開催されることとなった我が家の「マグロ祭り」は大いに盛り上がり、相当量のマグロをきれいに平らげました。出来上がりの写真はないの? 皆さんの声が聞こえてきそうです。しかし、料理は出来たてのアツアツを食するのが鉄則。せっかちな小生にはよくあることですが、気付いた時には全て5人の胃袋の中に… 次回手にいれた時には必ず。約束します。


菩提樹の植樹
地元のロータリークラブに所属している小生、今日は朝から植樹に行って来ました。ローターリークラブの社会貢献活動の一環として、ここ数年連続して行っている事業です。一昨年が「桜」、昨年が「紅葉楓(モミジバフウ)」、そして今年は「菩提樹」。植樹の場所は、昨年と同じ松阪市の宝塚古墳公園です。
菩提樹
植樹と言ってもこの菩提樹、かなりの大木です。上の写真左下に赤いジャンバーを着たロータリアンが映っていますので、その大きさがご理解いただけると思いますが、高さ8mほどはあったでしょうか。造園業者(松阪市の濱口農園)さんがあらかじめ植えつけていただいていたところに、集まったメンバーが順にスコップを入れ植樹のセレモニーを行いました。ちなみに、下の写真左奥に見えるのが、昨年植樹した「紅葉楓」です。
植樹

プレート

仏教の開祖 ゴータマ・ブッダがその木の根元に座って光明を得たと言われるこの「菩提樹」。ちょっと調べてみたところ、実は多くの種類があるようです。

まず、今回植樹した菩提樹から。冒頭の写真でお分かりの通り落葉しています。中国が原産で、シナノキ科シナノキ属の落葉高木です。日本では各地の仏教寺院によく植えられており、高さは10mほど。花期は6~7月頃で、淡黄色の花を咲かせます。日本へは、臨済宗の開祖である栄西が中国から持ち帰ったと伝えられています。こんな花が咲くそうです。
菩提樹の花

次は近縁の西洋菩提樹。中国原産の菩提樹と同様、シナノキ科シナノキ属の落葉高木です。中世ヨーロッパでは、自由の象徴とされ、シューベルトの歌曲「菩提樹」(歌曲集「冬の旅」)で有名です。ヨーロッパでは古くから植えられ、木材は楽器・木彫材などに、樹皮は繊維を採るために、ハーブとしても利用されるそうです。
西洋菩提樹

最後は、本家本元のインド菩提樹。本当のところ、ブッダが根元に座って光明を得た木がこれで、インドから東南アジアにかけて広く分布するクワ科イチジク属フィクス属の常緑高木です。耐寒性が弱いことから、日本各地の仏教寺院の多くでは今回植樹したシナノキ科の菩提樹が植えられているわけです。近年では地球温暖化の影響で、関東以南の温暖な地域では路地植えで越冬できたり、または鉢植えの観葉植物として出回っているそうです。葉の先端が長く伸びるのが特徴で、熱帯地方では高さ20m以上に生長します。他のイチジク属と同様、絞め殺しの木(他の植物や岩などに巻きついて絞め殺すように、あるいは実際に殺して成長する)となることがあります。
インド菩提樹

タイトルの「植樹」から横道にそれますが、仏教三大聖樹というのをご存知でしょうか。もちろんその一つは「インド菩提樹」。その他の二つは、「無憂樹(ムユウジュ)」と「娑羅双樹(サラソウジュ)」です。ブッダが生まれた所にあったのが「無優樹」、悟りを開いた所にあったのが「菩提樹」、そして亡くなった所にあったのが「娑羅双樹」。

植樹のおかげで、ちょっとした勉強になりました。



アカデミー賞
映画鑑賞が趣味の小生ではありませんが、何かと話題になる米アカデミー賞。今年は、イラク戦争の狂気をリアルに描いた「ハート・ロッカー」なる作品が栄冠に輝きました。興行収入記録を塗り替えたSF3D大作「アバター」と事実上の一騎打ちと評されていましたが、「ハート・ロッカー」が作品賞、そして女性として史上初の監督賞など六部門に輝き、視聴効果賞など三部門にとどまった「アバター」をおさえての金メダル獲得です。両作品の両監督がかつて夫婦だったことで、より注目を集めていたようです。

ちなみに「ハート・ロッカー」とは「棺桶」のことで、「あまり行きたくない場所」のこと。イラク戦争のみならず、経済面でも傷だらけの米国を象徴するような受賞です。一方の「アバター」も視聴効果ばかりが話題になっていますが、内容は異星の森を侵略する米国企業の物語だそうです。反戦と環境破壊への問題提起が底流に流れた作品であり、視聴者に訴えたいことは似ているのかもしれません。

さて、その他受賞作品で注目されている(特に日本で)のが、長編ドキュメンタリー賞を受賞した「ザ・コーヴ(入り江)」です。この映画は、日本のイルカ漁を批判した作品で、捕鯨の町として有名なお隣和歌山県太地町の海に隠しカメラなどを仕掛け、生々しい漁の様子を撮影した作品。立ち入り禁止の浜(なぜ立ち入り禁止なのでしょうか?)に漁師や警察の制止をかわし強引に入り込んで撮影するシーン、イルカが殺されるシーンなどもあるそうです。

国内公開で配給元となる会社は、肖像権侵害に配慮し、地元の一般住民の顔はぼかしを入れるとのこと。日本では5月~6月ごろ、東京都・大阪府・和歌山県など約20~30館での公開を予定しているらしい… 渦中の太地町では反発の声が広がっているそうですが、なんとも気になる作品です。食文化の違いという主張が正当なのかどうか? 機会があれば、ぜひ視聴してみたいですね。


津波は英語で?
2月27日、南米チリで発生したマグニチュード8.8の巨大地震で、28日の日本は大騒動。北は北海道、南は沖縄まで、全国各地に津波が到達しました。幸いにして、大きな被害はまぬがれることができたようですが、岩手県では市街地に海水が流れ込みました。太平洋をはさんで遠くかなたの南米から押し寄せる波。改めて自然の力の強大さ、そして恐ろしさを見せつけられたような気がしたのは、小生だけではないでしょう。気象庁の「最大3mの大津波」予想はちょっと大げさすぎた感は否めませんが、リスクの大きさを考えると致し方ないのでしょう。
tsunami


一夜明けてクイズです。有名な話ではありますが、津波は英語で何と言うかご存知でしょうか。

英語で「tidal(潮)wave」も津波のことですが、学術的には「tsunami(発音もツナーミ)」と言います。語源はなんと日本語の津波。本家本元、日本語の津波の語源、由来ですが、「津」にはもともと「船着き場」「船の停泊するところ」「港」という意味があり、港を襲う「波」で「津波」になったそうです。万葉集にも「海上(うなかみ)の その津をさして 君が漕ぎ行かば」と「津」という語が使用されています。一説には「強い波」から「強波」、「津波」になったとする説もあるようですが、有力ではありません。

その由緒正しき日本語の「津波」は、1945年に起きたアリューシャン地震の際、日系移民が用いたことからハワイで「tsunami」の語が使用されるようになり、それが定着しアメリカ全土に広がり、やがて「tsunami」は国際語となりました。皆さんもよくご存じなところでは、「karaoke(カラオケ)」もまた日本発の国際語。逆に日本語の「台風」は比較的新しい語で、その由来は中国の「大風(タイフーン)」がヨーロッパで「typhoon(タイフーン)」となり、明治時代の末期に日本でも「台風」と呼ばれるようになった説が有力のようです。




プロフィール

証券人(しょうけんびと)

Author:証券人(しょうけんびと)
約13年間の大和証券勤務を経て、1998年1月松阪証券に入社
2006年4月代表取締役社長就任
現在に至る



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。