松阪証券 社長日記
企業人として、三重県で生業を営む者として、日々の発見、気づきなどを気まぐれに書きとめて行きます。
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「建サク」の次は「農サク」?
先日ご紹介しました「建サク」サイトの運営会社の立花社長に、昨日お会いすることができました。若干36歳、ちょっと酒癖の悪い(?)、血気盛んな若社長です。

もともとは土木を中心とした建設会社をご自身で設立され、業界の悪い慣習を嘆き、そこに風穴をあけるべくスタートしたのが「建サク」サイトです。旧態然とした慣習にどっぷりつかった大多数の建設会社からは、冷たい目で見られ、誹謗中傷され、村八分にされることを覚悟の上で、気高い志を胸に、獅子奮迅の大暴れです。

お会いするのは二度目ですが、今回は「建サク」の次の一手、「農サク」サイト立ち上げに向け、提携、または共同運営先を探すため、当地松阪入りです。小生も経営者のはしくれ… 数少ない人脈の中で、少なくとも適任だと考える松阪の一流企業、某社のことを立花社長にお話ししたところ、「是非ともお会いしたい!」と即答。そして昨日、立花社長念願のお見合いが実現したわけです。

熱心なプレゼンを展開する立花社長、真剣に耳を傾ける某社長。簡単にまとまる話ではないと思いますが、両者ともに、実りあるプレゼンおよび面談だったのではと、媒酌人の身ではありますが感じた次第です。今後何らかの形で両社の業務提携が進み、これまた旧態依然とした我が国農業の改革が一歩でも進めばいいですね。


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歴史の町会津若松へ 研修旅行記 その弐
前回の記事の続編、「研修旅行記」その弐です。

翌朝、希望者は車で30分ほどの喜多方へ。もちろん目的は「喜多方ラーメン」です。小生はというと居残り組み。昨夜の豪遊(?)からすると、朝から無謀な食いだおれ(12人中9人で女性を含む)。みんなどんな胃袋をしているんだろう… 後から聞いてみると、「まこと食堂」で朝ラーメン。地元でもトップクラスの人気を誇る名店だそうです。営業時間は午前7:30~午後5:00。早朝にもかかわらず、しばらくすると店内は満席状態に。観光客はむしろあまり見当たらず、地元の食いしん坊でにぎわっていたそうです。早朝から賑わうラーメン屋さん、喜多方の七不思議です。そうそう、●ス●ン●ツ●カの谷●先輩は、スープを飲みほしたところ丼の底から「大当たり」が出た!と朝からハイテンション。興奮してお話を聞かせてくれました。ここでも、旅の恥はかき捨てです。
まこと食堂A

居残り組みの3人は、新聞などを読みながら冗談を交え、ゆったりとホテルで朝食バイキング。ご飯はおかわりしませんでしたが、食後のコーヒーは2杯飲みました。その後、一旦部屋に戻り身支度を済ませ、食い倒れ組とロビーで合流。研修旅行のメインイベントの一つ、末廣酒造さんを訪ねました。
末廣酒造A
末廣酒造の創業は1850年。150年以上続く、会津の酒蔵です。現在の社長新城猪之吉さんは七代目。観光客向け(?)に見学コースもあります。新城社長のガイドでぐるっと一回り見学させていただきました。

お酒の仕込み水です。市民の皆さんに無料で開放しており、当日もペットボトルを持参したおじさんが、せっせと水汲みをしていました。
仕込み水A

貯蔵されている大吟醸酒です。出来たては一定期間冷蔵保存するそうですが、ある程度期間を置くと状態が安定し、冷暗所での保存に切り替えるそうです。一升瓶や5合瓶は銘柄別、製造年別に整然と保管されており、社長といえども勝手に持ち出すと社員さんから追及されるそうです。
貯蔵されている古酒2A

こちらは数々の受賞の記録、表彰状が品質の高さを証明しています。
数々の表彰状A

建物はいつに時代のものか聞き逃しましたが、かなりの年代物です。木枠の窓にはめ込まれたガラスも微妙に表面が波打っており、歴史を感じさせます。そうそう、現在では見学コースに組み入れられていますが、当時の「主人の間」に驚くべきもの3点を発見しました。

筆者は会津の誇り、「野口英世」です。
野口英世直筆A

続きまして、徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜公の作品です。ある時、有名な書家がお越しになり、なんと書いてあるかを教えてもらったそうです。実のところ、それまでは知らなかったとのこと。最近物覚えが悪くなった小生、右から「愛函楼」だったと思います。
徳川慶喜直筆A

最後の3点目。こちらは地元の殿様、松平容保の直筆です。左側に、源容保と記されているのがわかると思います。
松平容保直筆A

その他にも、クラシックカメラの展示コーナー(個人のコレクションとしては国内最大)や、コンサートホールなども。コンサートホールでは数年連続して渡辺貞夫さんに演奏してもらっているそうです。カメラと言い、ナベサダと言い、趣味の域を超え(?)、立派な町起こしの活動です!!

一通りの見学を済ませた後、新城社長直々に経営や地域活動などについてご講義いただきました。詳しい内容については省略しますが、伝統と歴史を守り抜くには、変化への順応や革新的なアイデア、気高き志と情熱、そして地域貢献が最も大切なのだと、再認識させられた次第です。

講義終了後、蔵内の売店でお買い物。もちろん小生は一升瓶を機内に持ち込むべく品定め。純米吟醸酒「末廣」を購入しました。新城社長のご厚意により、これまた蔵内の喫茶「杏」にてしばしコーヒーブレイク。昼食の「おすすめ」をお聞きし、末廣酒造さんを後にしました。ちなみに昼食はひなびた温泉街の食堂にて、名物「ソースかつ丼」をいただきました。朝ラーメンの9人ももちろん一緒です。みんな本当によくやりますよねぇ…

研修旅行もそろそろ大詰め。最後の訪問地は、会津といえば「白虎隊」。一同、大きなおなかを抱えながら、白虎隊自刃の地、飯盛山へいざ出陣です。まずは飯盛山中腹にある、白虎隊記念館へ。観光客向けのエスカレーターまである結構な急勾配の上、会津とは言えまだまだ残暑は厳しく少々ハード。入館すると、70~80歳(?)の館長さんが直々に事の顛末や展示物を解説してくれました。もちろん、一番楽しそうだったのは館長さんだったことは言うまでもありません。時折切れ味鋭いおやじギャグならぬ「爺ギャグ」を交え、一同面白おかしく幕末から明治の近代日本史を学ぶことができました。
記念館A

下の写真は、白虎隊自刃十九士のお墓です。記念館よりはさらに上へ登らなければならず、よく脱落者が出なかったものです。せっかく会津まで来たのだからと先に先に進む者、ボヤキっぱなしの者、この世の中、いろいろなタイプがいるから飽きることがないのでしょう。小生はというと、ボヤキっぱなしの人に気を配りつつも、せっかくだから見学もしたい。後ろをちらちら気にしながら、ちょうど一同の中間あたりを進みます。ようやく目的地点に到着。墓前に立ち、静かに手を合わせました。
白虎隊自刃お墓A

お墓に向かって右の方には、急勾配の下り階段があります。これを十数メートル降りたところこそ、白虎隊が炎上する(実際には勘違いでした)鶴ヶ城を眺め見、自刃した場所です。引き返すにはこの階段を戻らなければならず少々躊躇しましたが、遠くに鶴ヶ城を発見し、当時の様子を想像しつつ、少々感傷的になった小生です。
飯盛山A

今回の研修旅行も盛りだくさん。一泊二日の強行日程ではありましたが、講師の先生に恵まれ、名所旧跡を巡り、おいしい料理に美味しいお酒、そして楽しい仲間の語らい… 後ろ髪をひかれつつ、仙台空港へと向かいました。最後の最後にはちょっとしたアクシデントも。飛行機の出発時刻と到着時刻を間違えていたようです。早すぎるから、どこかもう一か所寄り道しようとの意見もあり、まさに九死に一生を得た心持。いえいえ旅にアクシデントはつきものです。無事の松阪到着を感謝しつつ、珍道中を終えた小生たちでした。


歴史の町会津若松へ 研修旅行記 その壱
9月5~6日、当地松阪の若手(?)経営者の私設勉強会の仲間と会津若松に研修旅行に行ってきました。国内の旅とは言うものの、距離を考えれば一泊二日は強行日程。セントレアまで12名が2台の自家用車に分乗し、セントレアから仙台空港までフライト。仙台空港で忙しい昼食(牛タン定食)を済ませた後、予約してあったレンタカー2台に再度分乗し目的地の会津若松へ。東北道を郡山まで南下し、磐越道を西へ。猪苗代湖を左手に見ながら会津若松へと入る、180km強、約2時間のドライブです。

会津若松に到着したのは午後3時30分ごろだったでしょうか。早速、勉強会の会場をお借りした青年会議所にの皆さんにごあいさつ。そうこうしている内に、講師をお願いしました「石田明夫」先生が到着されました。

石田明夫先生は、会津若松市教育委員会にお勤めで、本来の専門は考古学だそうです。しかし、本日ご講義いただいたのは、戦国・桃山時代と幕末の会津若松について。愛すべき故郷の歴史だからと、あれこれ研究している内に、ご自身の学説を唱え、全国的な規模でその学説を発表するまでになってしまったとか… 会津若松は大河ドラマ(天地人)の舞台であり、その学説が大河ドラマにも採用されるなど、今では会津若松で最も知名度の高い人のお一人だそうです。
会津の歴史研修A

講義の途中には、翌日訪問予定だった末廣酒造株式会社の新城社長にもお越しいただきました。講義が終了したのは午後5時ごろだったでしょうか。石田先生をお見送りし、夕食まで時間があったので新城社長の案内で鶴ヶ城へ。
鶴ヶ城址天守閣2A
午後5時を回っていたことから、天守閣の内部には入ることはできませんでしたが、夕暮れの心地よい風に吹かれながら城跡を散策。天守閣の前には芝生が敷き詰められた庭園が広がっており、観光客のみならず市民の憩いの場、いろんなイベントの会場になっているそうです。ところでこの庭園、過去は競輪場のバンクだったそうです。城跡に鳴り響くジャン(競輪の鐘)の音、皆さん想像できますでしょうか… はっきり言って場違い、ミスマッチだと思います。小生、競輪というものに偏見を持っているわけではありませんが、自治体のミスリードですね。

一通り城跡を見学し終え、新城社長とは一旦お別れ。宿泊ホテルにチェックインを済ませ、一息つく間もなくフロント脇のロビーに集合し、夕食会場の「田季野」に向かいました。
夕食会場田季野A
もちろんここでも新城社長再登場。小生とは一回り以上違うのですが(もちろん小生が年下です)、元気そのもの。その行動力、社交性、サービス精神に感服です。おまけに自慢の大吟醸酒まで来持参いただき、夕食会場は試飲会に。もともと日本酒には目のない小生。感謝感激です。

写真は「田季野」の表玄関です。その雰囲気がお分かりいただけるものと思いますが、古民家とか歴史のある料理旅館を想像してください。食事は会津の郷土料理です。「棒たら煮」や「鰊の山椒漬」、「馬刺し(国産)」に「小露(こづゆ)」、最後の締めは「輪箱飯(わっぱめし)」です(詳しくは「田季野」ホームページをご覧ください)。郷土料理だけに、贅をつくした豪華な料理ではありませんが、地元の新城社長の説明をお聞きしながら食す、素朴な味わいに舌鼓を打ち、一同大満足です。やはり、おいしい日本食にはおいしいお酒(日本酒)ですね。

食事を済ませ、新城社長とはまたまた一旦お別れ。明朝は、酒蔵見学と新城社長のご講義です。飲みすぎは禁物ですが、「旅の恥はかき捨て」とも… その後は皆様のご想像にお任せし、第一部は終了。続きは、次回を楽しみにお待ちください。




プロフィール

証券人(しょうけんびと)

Author:証券人(しょうけんびと)
約13年間の大和証券勤務を経て、1998年1月松阪証券に入社
2006年4月代表取締役社長就任
現在に至る



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